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2017年5月某日、10時ぐらい。
担当さんに案内されて、鈴華さんと私はスタジオに到着しました。最初にトイレの場所、録音ブース、操作室の案内をされます。
録音ブースは声優さん達が使う部屋のことです。一つの壁の前にマイクが4つ並んでいて、その反対側の壁にはブースの様子を見るためのカメラが付いています。マイク側の壁には小さめの机があり、お菓子などが少し準備されていました。マイクがある以外の3つの壁際には総勢18人分の椅子がずらり。ここに声優さんが全員入るのは狭そうだと思いましたが、私は他のスタジオを知らないので比較できません。
操作室は機械があって指示を出す音響監督さん達、スタッフが使う部屋のことです。大きめのモニターがあり、それでブースの様子が見えます。……とは言っても、カメラが一つなので、4つ並んだマイクの内、真ん中の2つにピントが合っていて端の方はボケて見にくかったですね。
操作室には3人が座れるソファがありました。そして、ソファとは別に円いテーブルと椅子が4つ準備されていました。テーブルの上にはお菓子と飲み物が準備されています。私はここで見学するのです。
まずはプロデューサーさんや音響監督さん達スタッフの方達にご挨拶。プロデューサーさんが「本好きの下剋上」を一巻から買ってくださっているファンの方でした。キャスティングされた音響監督さんのご尽力で、これだけイメージにピッタリの素敵なキャストが揃ったのです。もう本当に大感謝ですよ。
大人の挨拶の定番、名刺交換。ここで大変な事態に!
私、名刺を持っていません。そもそも作っていないので、忘れてきたというわけでもありません。今後のために作った方がいいかなぁ、と考えることすでに3回目。いい加減に作らなければならないと思ってはいるのですが、普段は家に引き籠もって書いているだけなので、名刺を作る必要性を感じないというか……。アフレコレポを書いている今、まだ注文していないので、きっとまた後悔することになるでしょう。
「すみません。私、名刺を持っていなくて……」
「すみません。私、今名刺をきらしていて……」
鈴華さんも名刺持ってない仲間でした。よしっ!
「よかったぁ……。名刺を持っていない仲間がいて」
「そんなことで喜ばないでください!」
「あ、私は以前もらった鈴華さんの名刺を持ってますよ。ほら、ここに」
「香月さん、ちょっと待ってください。それは香月さんに差し上げた物で、配る物じゃないですからね」
「そのくらい知ってますよ。私は鈴華さんの名刺を持っていますって自慢したかっただけですから」
鈴華さんと私のやり取りを見ていたプロデューサーさんがしみじみとした声で「香月先生はとてもマインですね。雰囲気とか物言いとか……」と言い、担当さんが「いや、香月さんは結構フェルディナンドですよ」と返す。2人の会話に鈴華さんは納得したように頷いているけれど、意味がわかりません。
そんな中、脚本家の國澤さんが到着されました。
「うわぁ、マインがいる。……香月先生ですね。一目でわかりました」
本当にどういう意味なのでしょうね。私は未だかつて外を出歩いていて「マインがいる」と言われたことはないのに、これほど初対面の人から「マインがいる」と言われるとは……。
集合時間が近付くにつれて、どんどんと集まってくる声優さん達。皆様、操作室に顔を出して「おはようございます。今日はよろしくお願いします」と挨拶をしてくださるけれど、とっさにどの役の方かわかりません。
「先程の方は武内とおっしゃったのでベンノさんですよね? えーと、それから浅野さんはアンゲリカ?」
「そうですね」
鈴華さんは声優さんに詳しいです。私も頑張ってどんな声の方なのか下調べをしたけれど、顔と名前は全く結びついていませんでした。名乗ってくださった方はメモ帳を見ながら「あの役の方」とわかるが、複数人に次々と挨拶されると悠長にメモ帳と照らし合わせることもできず、結局最後まで顔がよくわからない方が何人かいらっしゃいました。声優さんを調べる時に声だけじゃなく、お顔も調べておいた方が良かったかも知れません。一つ学習しました。
全員が集まったら録音ブースへ移動し、私と鈴華さんは作者と漫画家として紹介されて挨拶しました。
「正直なところ、ドラマCDが初めてなのでよくわかりません。プロである皆様にお任せするので、本日はよろしくお願いいたします」
簡潔に挨拶を終わらせ、その後は打ち合わせ。「この時はどういう心情なのか」と私が役柄に対する質問を少し受けている間に、プロデューサーさんや担当さんが声優さん達に本好きのクリアファイルを配っていました。「私のキャラはどれ?」と言っている声優さん達に担当さんやプロデューサーさんが説明していました。結構評判がよかったです。あと、クリアファイルが20種類もあることに驚かれましたね。(笑)
ローゼマインの心情や性格について質問してきた沢城みゆきさんは、雰囲気がマインでした。演技に対する熱や勢いが、本作りに邁進するマインっぽい。とにかく目がすごく強くて綺麗で印象的な方です。
説明をしている途中で一巻表紙のクリアファイルを渡された沢城さん。
マインのイラストを見ながら「……うーん、私、可愛いなぁ」と呟く沢城さんがすでにマインになっている感じで、「あ、大丈夫」だとすごく安心しました。
ローゼマインの声優さんの希望を出す時は、ナレーション、モノローグ、下町時代のマイン、領主の養女としてのローゼマイン、麗乃。捕らぬ狸の皮算用ですが、仮にこの先ドラマCDの第2弾があるとすれば、成長したローゼマイン、女神の入ったローゼマイン、メスティオノーラ……全部を演じ分けられる声優さんがいいなぁと思ったのです。そう考えた時に沢城さんしか思い浮かびませんでした。希望が叶って本当によかったです。神に祈りを!
収録時間の都合もあるので、ある程度説明をしたら適当なところで切り上げて操作室へ戻ります。ソファに鈴華さん、私、國澤さんが並んで座り、テーブルと椅子の方にはプロデューサーさんや担当さんが座りました。
「すでに何度か収録したことがあるドラマCDやアニメの場合、声優さんのスケジュールの都合で収録の時間帯や収録日を分けざるを得ないことがあります。ですが、今回は初めての収録なので、それぞれのキャラ同士の掛け合いなどを通して作品全体の雰囲気をつかんでほしいと思い、出番が後ろの方の声優さんも収録開始時間から集まっていただきました。時間内で収録を終わらせます」と説明を受けました。
機材の前に座っている音響スタッフさんが2人います。収録方法や手順を考えつつ声優さん達に演技指示を出してディレクションする「音響監督さん」と、画面をじっと見つめながら録音レベルの調整、ノイズの有無や台詞の怪しいところもチェックする「ミキサーさん」です。
「まず、軽く台本を読んでもらってテストして、最初にキャラの声を作ります」
キャラの声として何か注文があれば、どんな声にしてほしいのか要望を出すそうです。ここで決定した声で声優さん達はキャラを演じると言われました。声を作るというのが私にはいまいちわからないまま、テストは始まります。
フラン役の伊達忠智さん、ローゼマイン役の沢城みゆきさん、ベンノ役の武内駿輔さん、ルッツ役の堀江瞬さんの4人がマイクの前に立ちました。
モニターに映っているのは、マイクに向かって演じる声優さん達の後ろ姿だけ。しかも、ピントが合っているのは真ん中の2つのマイクだけで端の方はピントが合っていなくてピンボケです。カメラに一番近いマイクを使う沢城さんはわかったけれど、他の方はどれがどなたかわかりません。まぁ、顔がわからなくても声がわかればいいのですよ。
沢城さんのローゼマインと堀江さんのルッツはイメージ通りの声が来るだろうと事前に予測できていましたが、伊達さんは下調べの時に私が知っている役がなくて、どんな声の方なのか、よくわからない声優さんでした。
「……わぉ、フランがマジでフラン。すごい」
思わず声に出てしまうくらい脳内に描いていたフランの声がそのまま出てきました。何というか、言うことなし。違和感がなさ過ぎるのです。
担当さん「ベンノ、カッコいいですねぇ」
鈴華さん「うわぁ、ベンノさんに怒られたいです」
隣に座っている鈴華さんは元々「ベンノさんに叱られ隊」なので、口元を押さえてぷるぷる震えながら「怒られたい」と言っていましたが、武内さんのベンノの声はすごいです。これは「ベンノさんに叱られ隊」が間違いなく急増するはず! でも、ベンノさんに怒られたくなったらドラマCDを何度も聞き返せばいいと思います。「この阿呆!」って何度でも怒ってくれますから。(笑)
ベンノの声も私が想像していた通りだったので、修正は全くなし。低すぎることもなく、本当に私がイメージする脳内の声がそのまま来ました。
担当さん「さすが沢城さん。マインですね」
私「主人公の声ですね。それに、ベンノさんとの会話がいいです」
予想通りだった沢城さんが演じるローゼマインの可愛い声に満足。
鈴華さん「ルッツ、いいですね。カッコいい」
私「でしょう? 想像通りです」
堀江さんのルッツも含めて4人ともキャラの声を修正する必要は全くありませんでした。
そのまま進んで、櫻井孝宏さんのフェルディナンドは「あぁ、フェルディナンドだ」という声だったし、鳥海浩輔さんのジルヴェスターはビックリするほどジルヴェスターだったので全く修正なし。下調べの時に想像していた声を超えて、キャラに寄せた声を作ってきていた声優さん達には本当に驚きました。マジすごい。
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