香月美夜「本好きの下剋上」OVA アフレコレポート
2019年某日、OVAの企画が持ち上がりました。TVアニメが二クール連続放送ではなく、二分割されることが決まった頃だったと思います。原作『第五部 女神の化身Ⅰ』がTVアニメの一期と二期の間に発売されるので、2020年4月の第二期に向けてOVAを作りたいとのこと。
「2020年3月発売の『第五部Ⅰ』にドラマCDみたいな感じで本にOVAを付けたいんですが、どんな内容が良いと思いますか?」
これを最初に担当さんから聞いた時は「OVAって本のおまけにする物なのか」と驚きました。普通は驚きますよね?
ただ、OVAの内容を決めるに当たって、条件がありました。
・可能であれば配信も考えているので、アニメだけの視聴者がすんなりと見えるように、原作第二部が始まるまでの時間軸の内容が好ましい。
・OVAのためだけに貴族街などの新規背景や設定をアニメの製作と並行して作るのは難しいので、既存の設定で制作出来るように下町の話にしてほしい。
・せっかくのOVAなので、なるべく色々なキャラが出ると嬉しい。
……で、色々と考えた結果、時間軸としては原作第一部と第二部の間。アニメ第15章の裏側というか、第14.5章のイメージで「ユストクスの下町潜入大作戦」と「コリンナ様のお宅訪問」をアニメ化することになりました。
脚本、絵コンテ作業を終えて、アフレコ開始です。ドラマCD第四弾やアニメ本編のアフレコとそれほど間を置かずに行われたので、私は特に気負いなくスタジオへ向かいました。スタッフの方々とも「お久し振りです」と笑顔で挨拶を交わす程度には慣れたものです。
まずは外伝第一章の「ユストクスの下町潜入大作戦」の収録からです。
声優さん達が揃うと、軽く挨拶をして質問時間を設けました。ですが、今回は『本好き』のアフレコを初めての方がいないので、特に質問はありませんでした。すぐさまテスト開始です。
キャラの声の確認はスムーズでしたね。アニメで演じてきた方ばかりですし、アニメとしては新キャラになるユストクス役の関俊彦さんやエックハルト役の小林祐介さんも「ドラマCDの時と同じ感じでお願いします」で終了。
正直なところ、ドラマCD4の時は二人とも本当に少ししか台詞がなかったので大丈夫かな? と思ったのですが、無用の心配でした。台詞が少なくて日数が経っているのに、すぐに演じられるものなのですね。ビックリ。
OVAもフェルディナンド役の速水奨さんのナレーションから始まるわけですが、ユストクス役の関さんは本当にお見事でした。任務を受ける際の真面目な声、農夫に変装した時の声、ラストのはっちゃけた声の演じ分けがすごいのです。さすが! とスタッフが唸っていました。
エックハルト役の小林さんから「前回のドラマCDでは『はっ!』ばっかりで、今回は『臭い』しか言ってない気がする……」という愚痴が零れたのが印象的でしたね。周囲からも笑いが起こっていました。
一回目のテストが終わると、話し合いです。
「×ページのユストクス。『変わった子供』はもうちょっと興味津々な雰囲気を出してください」
「△ページのエックハルトですが、台詞の修正をお願いして良いですか?『げっ』じゃなくて『うぐっ』とか『ぐっ』という感じにして貴族らしさを優先させてほしいです」
「マルクの口調が強すぎます。不審者ではあるけれど、一応お客様相手なので……」
「○ページのエックハルトは鼻声で、カッコよく真面目に言ってほしいな。絵とのギャップが欲しい」
色々と出た意見をまとめ、音響監督さんが声優さん達に伝えに行きます。
それから二回目のテスト。こちらは結構すんなり進み、本番へ。
本番を録りながら台本を眺めていて「あれ?」となった後、私はとんでもない間違いに気付いて血の気が引きました。
「大変です! ○ページ! レナーテが生まれるのは来年の夏じゃなくて、冬です!」
「レナーテって誰? あ、子供の名前か」
「気付いて良かった。セーフ。すぐに修正!」
「……異世界だから、妊娠の日数が違うのかと思ってた」
皆で胸を撫で下ろしながら、台詞を修正して収録し直しです。脚本や台本の時点で疑問に思っても、「異世界の設定だから」でスルーされる危険性があることを学びました。危ない、危ない。
「それにしても、これに気付くって、先生はどのキャラがいつ生まれたとか全部覚えてるの?」
「誕生日じゃなくて、季節で把握するだけなので主要キャラは大体……。あと、本編の流れに合わせて覚えている感じですね。カミルは祈念式の後に生まれるので春の半ばから終わりにかけて。レナーテはそれより季節一つ分前って感じの覚え方です」
本郷監督はどうにも腑に落ちないような顔をしていましたが、割とアバウトな覚え方です。貴族は指輪の色と連動しているので、結構覚えやすいのですけれど。
休憩を挟んで外伝第二章の「コリンナ様のお宅訪問」の収録です。前半と違って、こちらは人数も少ないですね。ナレーションの速水さんに加えて、マイン家族、ベンノ、コリンナ。皆がアニメのアフレコで慣れているので、収録もスムーズです。
最初の家族のシーンは心温まりますね。『第一部 兵士の娘』からの流れで見ると、神殿長に引き裂かれなくて良かったという気持ちがすごく強くなります。ベンノとのやり取りも二人らしくて、微笑ましいです。
「○ページ。トゥーリの台詞なので『お宅』より『おうち』の方がよくないですか?」
「あれ、このシーンだけマインの服が下町服になってません? それ以外はギルベルタ商会の服なのに……」
「△ページのお茶を飲むシーン。ここはお茶を啜るのではなく、飲むのでお願いします。そういう文化じゃないので」
「×ページ、『コリンナさん』ではなく『コリンナ様』に修正をお願いします」
いくつか修正点が出ましたが、それ以外はテストも本番もすんなりと終わりました。
本番を終えると、最後に大通りの人々や酒場の酔っ払いなど、ガヤの収録です。今回のガヤ収録で笑ったのはキャスト全員での「神に祈りを!」です。
大変だったのは「飲み騒ぐ酔っ払いたち」ですね。本郷監督から「異世界感のある酔い方が欲しい」という注文があったからです。どのような酔っ払いにするのか、「酔っ払いたち(なんか歌を合唱)」と書かれた台本を見ながらスタッフルームで真剣に話し合います。
「ギュンターとオットーが乾杯する時に『ヴァントールに感謝を』と言うので、それに合わせて感じの異世界感が欲しい」
「台本に歌って書かれてますよね? 歌ってどんなのですか? 神様賛歌は第二部ですよ」
「監督はどんな感じをイメージしているんですか?」
「こう、『ヴァントールに感謝を』とか『ヴァントールは素晴らしい』とかに節を付けた感じで……」
本郷監督はそう言いながら、即興で歌い始めました。確かに酔っ払いがやりそう……と思える感じです。
「すごい! 監督がアフレコすれば良いと思います」
「他の作品ではしたことあるよ」
「え? 監督って声の出演までするんですか?」
「ガヤが足りない時とか……何度かしたなぁ」
本郷監督は多才。アニメの監督さんが全員こうなのかわかりませんが、文字だけを書いていれば良い私とは大違いですね。
音響監督さんは歌の説明をするために本郷監督を連れて声優さん達のブースへ向かいます。今回、酔っ払いとして歌ってくれたのは店主役の岩川拓吾さんと細工師役の川中子雅人さん。本郷監督の説明に合わせて、マイクの前で歌ってくれました。
「いいね、いいね。それをもっと酔っ払った感じで」
あっという間に異世界感のあるノリノリの酔っ払いのできあがり。OVAを見て、皆様もぜひエーレンフェストの酔い方を覚えてください(笑)。