「本好きの下剋上」ドラマCD5アフレコレポート【前 編】

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2020年某日、アフレコに行きました。
元々予定されていた日程はコロナ禍の真っ只中。様々なアニメのアフレコも完全に止まっている状態だったため、ドラマCD5のアフレコも延期されました。段階的に自粛が解除されていく頃合いで、一人ずつの収録にすることによって何とかアフレコの予定が立ったのです。

私の移動は公共交通機関を使わず、担当さんが送迎してくれるという徹底ぶりでした。コロナ禍で車移動が増えたらしい担当さんによると、「最近は少しずつ交通量が増えてきています」とのこと。
移動中に印象的だったのは、ビルの看板ですね。街を行く者が少なく、店を開けることができないため、広告がないんですよ。いつもならば大きくドーンといくつも並ぶ広告用の看板が真っ白。
空いているテナントも増えているようで、たとえ非常事態宣言が解除されたとしてもすぐにこれらが埋まることはないだろうなと思いました。急に安全になるはずもありませんし、第二波、第三波が来ることを考えると、ね。

人が増えてきたとはいえ、まだ閑散としている街中を見ながらスタジオに到着しました。中に入る前にまず消毒。あっちにもこっちにも消毒液があります。

「めちゃくちゃ警戒していますね」
「それはもう……。ここで出すわけにはいきませんから」

今日は今までと違って完全に一人ずつの収録です。声優さん達が入れ替わる度に必ずスタジオ内を換気&消毒し、コントロールルームもソーシャルディスタンスが可能な最低限のスタッフしか入れない状態です。

コントロールルームは機械が並ぶ前方に音響監督さん、録音さん、録音助手さん。後方に担当さん、私、脚本の國澤さん。今までならば十人以上いたところに六人ですよ。
後方の私達なんて、壁際、真ん中、壁際ですごく離れて座っていました。ポツーンって感じのソーシャルディスタンス。ありがたいし、必要だとわかっているけれど、距離がすごい。

「香月さん、先にサインをお願いしてもいいですか? ここにサイン、ここにタイトルを書いてください」

車移動は時間が読めないので余裕を持って行動した結果、かなり早い到着になりました。まだスタッフさんも揃っていない中、私は恒例の色紙にサインを書いていきます。書き終わる頃には段々と人が増えてきます。

「そういえば、アニメとかのアフレコも止まっていましたよね? そろそろ始まっているんですか?」
「ボツボツ始まってますね。でも、基本的にすごい少人数で撮るので、普段ならば半日で終わる作業に一日二日かかることもあって……以前の予定通りには全く進みません」

録音さんが最近のスタジオの状況を教えてくれました。

「音響的にも大変なんですよ。少しでも時間短縮するためにマイクとマイクの間に幕を張って、二人ずつ収録するみたいな工夫もしてます」
「……その幕があると、声が変な感じに反射しません?」
「音質を取るか、日程を取るか、難しいところなんです」

ホントに色々なことが難しい。なかなかアニメが仕上がらないわけです。今後もすぐ元に戻るわけではないと思うと、しばらくは大変そう。せめて、第二波、第三波で更にまずい状況が続かないようにしたいものです。

担当さんと今後の展開について軽く打ち合わせ、脚本の國澤さんと今回の脚本について気になった誤字などを話し合っているうちにアフレコ開始時間になりました。

テーブルの上には脚本、香盤表に加えて、普段のアフレコにはなかったタイムスケジュール表、ガヤチェック表が並んでいます。一人ずつの収録をスムーズに行うための下準備が素晴らしいです。色々な経験をしているベテランの仕事だなと感じました。

今まで私も抜き収録に立ち会ったことはありますが、最初から最後まで一人ずつの収録は初めてです。それぞれのキャストさんの声をじっくり聴けるという意味では初めての経験で興味深かったです。




○小林裕介さん

最初のアフレコはエックハルト役、ケントリプス役、中領地の騎士Bを演じてくださる小林裕介さんです。

エックハルトはすでに2回演じてくださっていますし、今回もセリフ数が少ないのであっさり終わりました。
ですが、ケントリプスは新キャラです。第五部Ⅰのエピローグに出てくるレスティラウトの文官見習い。「小説家になろう」の『ハンネローレの貴族院五年生』では主要キャラとして出てきますが、『本好きの下剋上』ではほとんど出てこないキャラです。

「ケントリプス役は初めてなのですが、どんなキャラですか? 性格というか……。純粋な感じとか何か……」
「えーと、性格的には腹黒というか色々と企むタイプというか、でも、真面目です。文官らしい黒さと真面目さが欲しいですね。あと、レスティラウトの側近ですが、従弟でもあります。側近としてはちょっと気安い感じです」

質問を終えるとテスト開始です。テストの声を聞いた國澤さんと私は腕を組んで「うーん……」と唸りました。方向性は合っているけれど、ちょっと違う。この「ちょっと」を言語化するのが結構難しいんですよね。

「喋り方が幼すぎません?」
「ですよね。声質はそのままで、口調をもうちょっと大人っぽく、落ち着いた感じにしてください」

そんな曖昧な要望通りにすっと修正できるのがプロなんですよ。毎度毎度感心しますね。これからの成長が楽しみなケントリプスになりました。
声ができたらテストした内容についてそれぞれが意見を述べていきます。

「ここ、ケントリプスのセリフが続くのでレスティラウトのセリフにしていただいて構いませんか?」
「別に構いません。……多分大丈夫」

第五部Ⅰのエピローグを頭に思い浮かべつつ、レスティラウトのセリフに変更しても特に問題ないので頷きます。



「じゃあ、次。中領地の騎士B、行きます」

名前のないモブ役ですが、その声に目を丸くしたのは私と國澤さんです。

「めっちゃおっさん声ですね」
「中領地の騎士は全員貴族院の学生なので14~15歳でお願いします。おっさんは中央騎士団の騎士だけです」
「え? 学生!? マジか……。他の奴、大丈夫かな?」

小林さんは少年声も問題なく出してくださいましたが、香盤表を確認しながら音響監督さんが心配していました。なんと中領地の騎士Aが井上和彦さんなんですよね。

モブ役の収録を終えたら、次はガヤの収録です。ガヤとは周囲のざわざわとした声や息を呑む音などですが、これを一人で収録していきます。声優さんにとってはいつものお仕事でたいしたことないのかもしれませんが、聞いている私の方は戦いの場面の掛け声を一人で演じられても最終形を上手く想像できないのです。

「○ページの『ゲッティルト』ください。これは後で他の人にも手伝ってもらうから『せーの』って掛け声付きでよろしく」
「わかりました。あの、『ゲッティルト』の発音というか、アクセントって……?」
「ゲッティルトです」

発音の確認の後、掛け声付きでいただきました。後の方々の基準になる「ゲッティルト」が完成。この後、何度も他の方々の例として流されることになります。

「○ページの×行目、誰でもない声で……」
「待ってください。これはケントリプスの声にしてください。彼もいるので」
「はいよ。これ、ケントリプスで」

息を呑む周囲のざわめきの中にいるケントリプス。聞き分けられなくても別に構わなくて、存在していることが大事なのです。

たくさんのガヤ収録に協力していただきましたが、時間内に終わりました。
小林さんはスタジオ内でサインをして帰って行きます。

「お疲れ様でした」




○速水奨さん

次はフェルディナンド役の速水奨さんです。
ベテランですし、フェルディナンド役に慣れているので、すんなり進みますね。成長期のキャラと違って声が成長することもないですし……(笑)。

「○ページ、『持つ』と『待つ』を間違っていませんでした?」
「そういえば、前回も間違われた方がいましたね。ぱっと見ではわかりにくいんでしょうね」
「×ページ、『ライムント』を『ラインムント』と読んでいました」

いくつかの読み間違いがあるけれど、サクサク進んでいきます。

「あ、ここ……。大変結構にもうちょっと差が欲しいですね」
「わかります。ちょっと棒読み加減がわかりませんね」
「前をもっと柔らかくするか、こっちをもっと棒読みにするか、どちらでも構わないんですが……」

私と國澤さんの意見を音響監督さんが伝えたところ、非常にわざとらしい棒読みが来ました! コントロールルーム、爆笑。

その後に来るのが貴重な「ありがとう」!
ローゼマインじゃなくてもジーンとする響き。フェルディナンドファンの方々はローゼマインやリヒャルダに同調して「うっ……」ってしばらく動けなくなること請け合い。

「ガヤは……目立ちすぎるから止めとこうか」
「ディッターにフェルディナンドがいたらまずいですからね(笑)」
「お疲れさん」

音響監督さんと録音さんの判断により、速水さんはガヤ収録なしで終わりです。
一時間予定なのに三十分かからずに終了! 早っ!

収録後、國澤さんがしみじみと言いました。

「速水さんって本番になると、声に艶が出ますよね」

私も本番の速水さんの声を聞くと、一瞬「うわっ」となって、ぞわっとするのですが、それのことでしょう。

「速水さんはテストと本番の声が明確に違いますよね。スイッチが入るんです。……あと、コロナ禍で休んでいたことで喉の状態が良いんじゃないかな? 普段より声が通っています」

録音さんによる解説にほぅほぅと頷く私。そんなに細かい違いはわかりませんが、今回一人だけで収録したことで声優さん達のテストと本番の切り替えを感じられたのは貴重な収穫でした。




○井口裕香さん

続いて、ローゼマイン役の井口裕香さんです。
井口さんはオーディブルの録音もあり、アニメのアフレコが終わってからもずっと『本好きの下剋上』の世界と関わってくださっているので問題なく進みました。まぁ、収録すべきセリフ数が多くて、一人だけ二時間のスケジュールが組まれていたわけですが……。

「すみません。質問いいですか? 『アウブ・ダンケルフェルガー』の読み方ですが、二語にきっちり分けるのか、ワンワードとして読むのか。どちらでしょう?」
「先生、どっち?」
「どっちと言われても……。アウブ・ダンケルフェルガーはアウブ・ダンケルフェルガーです」
「ん。……ワンワードで」

……なるほど。この読み方はワンワードなのか。

それから、「フェアフューレメーア」に苦戦……。本好き名物、言い難い神様です。「ゲドゥルリーヒ」と並ぶ言い難さ。ごめんね、井口さん。他の人もごめんね。

「○ページ、『ヒルデブランド』になっていますが、『ヒルデブラント』が正解です」
「アナスタージウスへの呼びかけは『アナスタージウス王子』で統一していただいていいですか?」
「×ページ、井口さんは『抱え上げられて』を『抱き上げられて』と読んでいましたが、どちらが聞いてわかりやすいですか? 耳で聴いた時にわかりやすいならば『だきあげられて』に変更してください」
「△ページ、機械的な感じじゃなくて、もっと宣伝って感じで。CM的に盛り上げて」

修正点を伝えたら本番を録っていきます。

ちょうど半分くらい進んだところで音響監督さんが「休憩する?」と尋ねました。……というのも、主役の井口さんは一番セリフが多いのです。二番目に多い方と比較して三倍以上のセリフ数。収録に二時間くらいかかるだろうと予想されているくらいです。

「あ、私は大丈夫です。皆さんが大丈夫なら続けてください」
「了解。じゃあ、行こうか」

休憩なしでぶっ通したおかげでしょうか。約一時間半で終了。
主役のお二人は必殺仕事人って感じでしたね。早い、早い。

「お疲れ様です」
「井口さんもお疲れ様でした」
「ニコニコ生放送、楽しみにしていたのに中止になって寂しかったです」
「あぁ、残念でしたよね。中止の決定が結構ギリギリでしたし……」

4月2日に予定されていた「ニコニコ生放送」ですが、コロナ禍により直前に中止されました。私は皆様の質問に回答する形で声のみの出演予定でしたが、スタジオで井口さんや速水さんに会えるのを楽しみにしていましたのです。

生放送用にアニメ公式が募集した質問に対する回答はTwitter上で行いました。
https://twitter.com/anime_booklove/status/1250363234823147521
https://twitter.com/anime_booklove/status/1252899951589371904
https://twitter.com/anime_booklove/status/1255436664450752512
https://twitter.com/anime_booklove/status/1257973382575828993
まだご覧になっていない方はどうぞ。

「次の機会を楽しみにしています」

しばらくは難しそうだけれど、あればいいな。次の機会。



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