お昼ご飯以降はそれほどセリフ数の多くない声優さんの収録が並んでいたので、10分で収録、5分で換気と消毒の繰り返し。スタッフさんもかなりバタバタしています。
寺崎裕香さんを見送ると、次は速水奨さんです。
○速水奨さん
速水奨さんが演じてくださるのは、フェルディナンドです。
さすがの安定感。
相変わらず良い声です。
全くなかったらフェルディナンドファンはガッカリしたでしょう。
フェルディナンドがアーレンスバッハへ行った後も、ちょこちょこと手紙のやり取りなどで出番を作っていた私、グッジョブ。
……とはいえ、今回はお手紙の部分しか出番がなかったので、5分強でさっさと収録を終えました。
めちゃくちゃ早かったです。
担当さんと一緒に速水さんがサインしているところへご挨拶に行きました。
「先生はお元気でしたか?」
速水さんにそう問われ、私は反射的に「はい」と答えたものの、大して元気ではなかったことを思い出しました。
“How are you?” “I’m fine. Thank you.” を素でやってしまいました。「先日まで寝込んでいました」とか聞かされても返答に困るでしょうし、まぁ、いいか。(笑)
「アニメ第三期のアフレコもよろしくお願いします」
「楽しみですね。こちらこそよろしくお願いします」
○内田雄馬さん
内田雄馬さんが演じてくださるのは、ハルトムート、レオンツィオ、アナスタージウスの側近です。
最初はハルトムートから。ドラマCDではそれほど出番がないのに強烈なキャラを前面に押し出してくるハルトムート。
「……ハルトムートが足りなくないですか?」
鈴華さんの声に頷く國澤さんと私。
「そうですね。ちょっと物足りないです」
「後半のテンションは良いけれど、これが最初から欲しい感じ……?」
音響監督さんがそれらの意見をまとめて伝えてくれて、リテイク。
「あ、良くなりました。良くなったんですけど、もうちょっと……」
「そう、ハルトムート成分をもうひとつまみ、お願いします」
「もうひとつまみって、そんな調味料みたいな……」
でも、もうひとつまみ入りました。バッチリです。
次はレオンツィオ。
ランツェナーヴェの王族です。これからちょこちょこ出番があるキャラですね。ドラマCDでどのくらい出番があるのかわかりませんが……。(苦笑)
「偽王って文字で見るとわかりますけれど、耳で聴くとわかりにくくないですか?」
「何か言い換えます?」
「偽りの王で良いのでは? どこかでテロリストが叫んでましたよね?」
レオンツィオは頑張ってディートリンデを口説いてくれました。声だけでレオンツィオの美形度が上がったような気がします。声優さんはすごい。
最後はアナスタージウスの側近。
こちらは二つセリフがあります。
「先生、このアナスタージウスの側近って40歳くらいで大丈夫?」
音響監督さんの質問に、脚本を見ながら私は首を横に振りました。
「後の方は40代でも構いませんけど、最初のセリフは60歳前後のおじいちゃんです。執事っぽい感じの側仕え」
「え? じいさん!? 40代くらいとかじゃなく?」
役名にはアナスタージウスの側近としか書かれていないので、年齢はある程度変更可能だと考えて内田さんにお願いするつもりだったようです。
「アナスタージウスの離宮で第一王子を出迎えるなら、筆頭側仕えのオスヴィンになります。だから、おじいちゃん執事ですね」
「名前有りのキャラか……」
「ドラマCDに出てくることはほぼないのでモブ同然ですけれど、本編でアナスタージウスの離宮へ行ったら出迎えはオスヴィンなんですよ」
ローゼマインのような中領地の領主候補生を出迎える筆頭側仕えが、第一王子を出迎える時にいないのはかなり不自然になります。
「内田さん、悪いけど、先のセリフはじいさんだった。できるか?」
「やってみます」
お見事! 素晴らしいおじいさん声にコントロールルームでは拍手が……。
内田雄馬さんのおじいさん声をお楽しみに。
○休憩
次の方がスタジオ入りするまで一時間くらいの休憩がありました。
結構長いので、ちょっと外で仕事をしてきますという方や散歩に行ってきますという方もいます。
録音さんと録音助手さんは収録を終えたデータの確認をしていました。
「あれ、これって?」
「確か『本好きの下剋上』の収録は一年前とか二年前に一言二言喋ったキャラを演じることもあるので、すぐに出せるようにキャラ別とかキャスト別にサンプル音声をまとめたんですよ」
二人の会話に「すごい! 有能!」と褒めるコントロールルームの面々。照れたように笑った録音助手さん。
「作ったことを忘れてましたけど」
「使って! せっかく作ったんだから使って!」
「まだ収録は終わってませんからセーフですよ。使いましょう」
そんなお茶目なやり取りが落ち着くと、私達はスタジオでそのままお仕事モードに突入です。担当さんがそっとiPadを差し出してきました。
「香月さん、こちらのメールも確認していただけますか?」
「いいですよ。今終わらせたら家に帰ってから仕事をしなくていいのでやっちゃいます」
公式コミックアンソロジーの原稿チェックや第三部コミカライズの修正部分の確認などを終えると休憩時間は終了です。
あれ? 休憩時間とは……?
○森川智之さん
森川智之さんが演じてくださるのは、カルステッド、ボニファティウス、イマヌエルです。
まずはカルステッド。
カルステッドはアニメでもしていたので、特に問題なく収録が終わりました。
本当に何も言うことなく終了。
次はボニファティウスの収録です。
正直なところ、カルステッドとボニファティウスを同じ声優さんが演じて大丈夫なのか心配でした。親子なので似ている感じの声になること自体は特に問題ないのですが、全く違いがないのも困るんですよね。
でも、声を作ると年齢差がしっかりあるんですよ。
ボニファティウスはきちんとおじいさん声なんです。感心しました。
「ゲゼッ、ツ、ケッテ?」
「アクセントはゲゼッツケッテでお願いします」
言い難いカタカナに加えて、今回の難問は「懸想」のアクセント。
「すいません。この『懸想』ってアクセント辞典にも2つ載っているんですけど、どっちを採用しますか?」
「え? 2つあるの? どっちだ?」
森川さんの質問と音響監督さんの声に、コントロールルームで皆が「懸想」「懸想」と口々に言い出します。多数決的に「こっちでしょう」と決まりました。
『本好きの下剋上』において「懸想」はこれから何度も出てくるので、収録の度に「どっちだった?」となるでしょう。(予言)
○本渡楓さん&石見舞菜香さん
本渡楓さんが演じてくださるのは、シャルロッテ、ヒルデブラント、シュバルツです。
石見舞菜香さんが演じてくださるのは、ブリュンヒルデ、リーゼレータ、ヴァイスです。
本日最後の収録は二人で同時に行います。
ブースがビニールシートで半分に隔てられました。
「先に以前の声を流します」
録音さん達のサンプル音声の結晶が早速お役立ちです。
「じゃあ、シュバルツ&ヴァイスから行きます」
これはもうね、可愛い! の二乗。
シュバルツ&ヴァイスの可愛い声が続くの、堪りませんね。
声を揃えるところもバッチリです。
その分、「ひめさま、きけん」「ひめさま、はいじょする」はセリフの危険さと可愛い声のギャップがすごい。
無機質感が際立ちます。
本渡さんのシャルロッテとヒルデブラントは特に言うことなし。
サラッと終了。
石見さんのブリュンヒルデはキリッとカッコ良く。
リーゼレータは可愛らしく。
「ここはもっと微笑ましく思っている感じを出してほしいです」
「ニコニコと笑いながら見守る感じが欲しいですよね」
微笑ましいシーン、楽しみにしていてください。
そんな流れで1日目が終了です。
《アフレコ2日目》
スタジオに到着したら、鈴華さんがiPadでお仕事中。外で仕事ができるので便利ですよね。
……とはいっても、私は他人の気配があるところでは書けないので、外でできるのはプロットの詳細を詰めたり、キャラ設定をしたりするくらいですけれど。
「香月先生、ちょっといいですか? これ、次話のプロットなんですけれど……」
「はいはい、いいですよ」
鈴華さんに声をかけられ、コミカライズのプロットの打ち合わせが始まりました。鈴華さんは「次話の」と言っていますが、次話は作画作業が始まっているので正確には「次々話の」のプロットです。色々と同時進行の作業があって大変なんですよね。コミカライズでは原作を上手く端折っていく必要があるので、変更する時は問題ないか質問されます。
鈴華さんの質問が終わる頃には開始時間になりました。
○山下誠一郎さん
山下誠一郎さんが演じてくださるのは、コルネリウス、アナスタージウス、参列者1です。
プロローグにアナスタージウスがいるので、最初はアナスタージウスから収録を始めました。以前に演じた声を聞いてから始めたので、声は全く問題ありません。
「先生、○ページの最初ってどんな感じ? 扉とかを開けて入ってくる?」
「いいえ、地下書庫は魔術による透明の壁があるだけで、特に扉はありません。ただ、ちょっと急ぎ足でカツカツ歩いてくる感じの音とか勢いはあっても良いと思います」
私が質問に答えると、音響監督さんから山下さんに指示が出ます。
「○ページ、ちょっと急ぎ足で歩いてきている空気を出してくれる?」
どういう指示? って、普通はビックリしますよね? でも、声優さんはそれでできちゃうんですよ。声がちょっと揺れて近付いてきている感じが出るんです。
「×ページ、最後の言い方が柔らかすぎてアナスタージウスというよりコルネリウスに聞こえません?」
「△ページ、口調が強すぎます。ここは少し圧をかけるくらいでお願いします」
小さな修正だけでサクッと終了。
次はコルネリウスの収録です。
こちらも以前の声を聞いて、それに合わせて演技していきます。
「○ページの『はい』は硬すぎますね」
「×ページ、語尾が軽すぎません? ちょっとチャラいというか……」
セリフが少ないのでコルネリウスもあっさり終わりました。
最後に参列者のセリフを収録して終了。
○井口裕香さん
説明はもう必要ないと思いますが、井口裕香さんが演じてくださるのはローゼマインです。
担当さんと一緒に「お久し振りです&アニメ第三期もよろしくお願いします」とご挨拶に行きました。
顔を合わせるのは久し振りですが、井口さんはオーディオブックのお仕事でずっと『本好きの下剋上』と関わってくださっています。
「ローゼマインの声は問題なさそうで安心です」
「それは……オーディオブックが第三部で、今日の収録は第五部……アニメは第二部ですよね? 頭がぐちゃぐちゃになるんですよ」
「あぁ、わかります、わかります。時間軸がポンポン飛ぶと、すぐに頭が切り替えられないんですよね」
私も書籍作業は第五部、コミカライズは第二部、第三部、第四部、アニメは第二部後半、この間まではジュニア文庫が第一部でした。それに加えて公式コミックアンソロジーは第一部から第三部が範囲です。確認作業や短編を書く時にはその時間軸に合わせたキャラの距離感や出ている情報の違い、髪型や衣装など時間軸の違いに脳内のピントを合わせなければならないので、頭がごちゃごちゃになります。
今回はメインの1つである商人聖女の部分を井口さんと梅原さんの二人で収録する予定です。そのため、梅原さんが加わる前に他を全て収録していきます。
それにしても、さすが主役。セリフ数がめちゃくちゃ多い。
あと、今回は祠巡りがあるので、神様の名前や神々からの言葉など言いにくいカタカナがいっぱい。
練習で読む際に「エアヴァ……エアヴァク、レーレン?」「タ、タイディヒンダ?」など、するっと読めない単語が次々と。ごめんなさい。
「○ページ、敬称が抜けています。『様』を入れてください」(←これ、結構多い)
「×ページ、フェルディナンドが続くので、片方を削除しましょう」
「△ページ、少し回りくどいのでセリフを修正させてください」
耳で聴くと、「あれ?」となって細かいセリフの修正も多くなります。井口さんは元々のセリフが多いので何カ所も修正しました。
「すみません。この読み方は『よい』『いい』どっちですか?」
「モノローグは『いい』でも構いませんが、セリフとして声に出す時は『よい』でお願いします」
平民時代は「いい」が基本で、貴族になると「よい」が基本になるのですが、その辺りは大体でOKです。
「あの、△ページ、懸想のアクセントがボニファティウスの時と違いません?」
「確認だな。ボニファティウスの声ってすぐに出る?」
皆で収録すると一斉にアクセントを揃えられるのですが、一人ずつの場合は細かく確認して修正しなければなりません。録音助手さんがさっと収録済みのボニファティウスの声を探してくれました。有能!
「ここってヴィルフリートの勢いと合わないと思うんですけど」
「あっちの勢い、かなり強かったよな? 一回聞いてもらった方が良いかも? 声、出せる?」
アクセントだけではなく、相手がいなければ掛け合いのテンションがずれてしまって、どうにも噛み合っていない反応になることもあります。
「エルヴィーラの涙声とローゼマインのテンションも合っていないと思います」
「じゃあ、こっちも出してみて」
責め立てるヴィルフリートや涙ながらに語るエルヴィーラの声を井口さんに聞いてもらい、それに合わせてローゼマインの演技を変えてもらいます。こういう時の苦労を見ると、他人と合わせながら収録できるかどうかって結構大事だと思いました。
井口さん一人だけの収録が終わったら10分間の休憩を挟んで、梅原さんが加わって二人での収録になります。
「お昼ご飯を食べるなら、この休憩時間の10分しかありません。食べる人は急いで!」
スタッフさんがコンビニで買ってきてくれたおにぎりやサンドイッチからそれぞれが好きなものを選んで無言でもぐもぐ。手早く昼食を終わらせました。